カテゴリー別アーカイブ: よもやまばなし(通訳・翻訳、キャリア、留学体験記など)

☆ドロシー•バトラーさんの事…

ドロシー•バトラー(Dorothy Butler)さんの事…
先日、神奈川県で通訳職として勤務していた頃のアルバムを見ていたら、クジュラの奇跡”(この本から絵本の読み聞かせの大切さを学びました!)で有名な故ドロシー•バトラーさんの写真を見つけました。絵本の普及に尽力され、ニュージーランドでは幼児教育関連のテレビ番組などにレギャラーで出演されるなど、とても有名な方でした。ドロシーさんが、神奈川県の国際児童絵画ビエンナーレ展の審査員として横浜に招聘された時に通訳をさせていただきました。お会いしてみると、ご本人は、八人のお子さんを持つ肝っ玉かあさん。そのあたたかくて、優しいお人柄にたちまち魅了され、大ファンになりました。ビエンナーレ展の神奈川県側からの審査員は、今は亡き高山辰雄氏、平山郁夫氏、堀文子女史などそうそうたるメンバーでした。高山辰雄先生が、ドロシーさんの慈善活動に大変興味を抱かれ、ランチの時間を設けさせていただきました。高山先生の高潔なお人柄にとても感動しました。 後日、高山先生からお手紙と絵画集が届き、大変、恐縮した事が思い出されます。 ドロシーさんが帰国されてから、絵画展で大賞を受賞した女の子が副賞でニュージーランドに送られる事になり… とてもワンパクな女の子だったので、県の担当官が受け入れ側の皆さんにご迷惑をおかけすのではないかと心配され、ドロシーさんに事前に状況を説明をしておいた方がいいという事で、電話をする事になりました。おそる、おそる、すごくワンパクで大変な事を説明すると、ただ、一言、”Wonderful!!” (笑)
当時、子育てに悩んだ時はいつもドロシーさんの優しい笑顔を思いだしていたような… 本当に素晴らしい方でした。
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☆3Ds

3Ds
以前(20数年ほど前)日本マクドナルド社のイベントで通訳を依頼されたことがありました。たしか、国内店舗数が2000店になりシカゴ本部から社長をはじめ、数名の役員が来日されていた時だったと記憶しています。 その時、当時、日本マクドナルド社の初代会長をされていた故藤田 田(ふじた でん)氏とお話しをする機会に恵まれました。 藤田氏自身は、英語がとても流暢な方で、東大卒後、進駐軍でしばらく通訳のアルバイトもされていたそうです。藤田商店の社長として、マクドナルド社をはじめ海外の企業とさまざまな提携を結び会社は急成長。 (ソフトバンク社の孫正義氏はが高校時代に、藤田氏に将来起業するためには、何を勉強したらよいのかを聞きに会いに行った事があるそうです。その時、コンピュータを勉強しなさいといわれたそうです。) 大阪出身(北野高校卒)という事もあり、とても親近感を感じました。当時、駆け出しの通訳で、小さい通訳会社を起業したばかりの私に、成功するためには、3つのDに専心しなさい、と、アドバイスしてくださいました。Be diligent, be daring, be different! 人と違う事を、勇気を持って、勤勉に… とても心に響きました。いつも、この言葉を思い出すたびに気持ちが引き締まります。

☆Telephone Card

カードの整理をしていたら、フランスのtelephone card を発見! そう思えば…
今から10数年前、New Yorkに滞在していた時、イタリアのボローニャで開催される国際会議での日英の通訳の仕事が入り、フランス経由で、NYのJFK空港から飛び立ちました。機内アナウンスで、パリのシャルル•ドゴール空港がストのため閉鎖となり、パリからのconnecting flightが飛ばないと聞き、ドキドキ … パリに到着後、空港のInformation Deskでボローニャまでの行き方を尋ねたら、陸路、電車で行く方法を教えて下さいました。とりあえず, フランスの高速鉄道TGVの駅まで、文献などたくさん入った荷物を抱えて向かいました。駅に到着すると、電車が出発するまで時間があったので、日本のクライエントにボローニャのホテルに夜遅くに到着する旨を伝えたく公衆電話を探しました。駅の売店では、なぜか英語が通じなく、片言のフランス語で国際電話の仕方を訪ねると、なぜ”かtobocco(タバコ)!、tobocco!”を連発し、あそこのタバコ屋さんに行きなさい、と、言われました。言われるまま、タバコ屋さんに行って、国際電話をしたいと言うと、”このテレフォンカードで大丈夫!”と、説明されました。早速、このカードを買うと、電話機がある所まで案内してくれました。何とか、電話が繋がり日本側の担当者と連絡がとれ、TGVの駅に戻ったら、駅の売店のおばさんが、”日本に電話できたの〜?”と、聞いてきました。そして、”Bon Voyage”とニコっと笑って、”ボローニャに行くには、ミラノで乗り換えするのよ〜”と,言って、手を降ってくれました。フランス人は、あまり、フレンドリーではないと聞いていたので、ビックリ! この時に初めて、フランスが好きになりました。TGVは、最高の乗り心地だったのですが、イタリアとの国境で、ちょっとボロい電車に乗り換えされ….が、ミラノまで、陽気なイタリア人カップルに片言の英語で、”なんで、ボローニャまで行くの〜?”など、など、話が弾み、美しい湖の景観(アルプス越え近くのルマン湖だと思う…)を楽しみながら、最高の旅をする事ができました。このカードを見ながら、走馬灯のように色々な事が思いだされました。ストがあったおかげで、心に残る旅ができたような… 人生、万事塞翁が馬です(^^) そう思えば、日本にもテレフォンカードがありましたね。今は、Lineなどのおかげで、本当に楽になりました!
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☆Think globally, act locally!

今日は、JICAから二年間、ウガンダに派遣されていた元生徒さん(薬剤師)が帰国の報告に来てくださいました! 素晴らしい経験をされたようです! そう思えば、12年前にJETS Academyを立ち上げた時の最初の生徒さんは、JICAからトンガへの派遣が決まったばかりの看護師さんでした。 青年海外協力隊… 私は、何もできませんが、何か少しでもお役に立つ事ができれば、とても嬉しいです(^^)

One of my former students who was dispatched to Uganda by JICA (Japan International Cooperation Agency) as a pharmacist has recently returned to Japan after her two years’ stay in the country. I was so pleased to welcome her back and to learn that she had a wonderful experience in Uganda helping a local government establish an efficient distribution system of medicines and other medical supplies. In retrospect, the first student of JETS Academy (founded 12 years ago) happened to be a nurse dispatched to Tonga by JICA. Although I, myself, am unable to go to these places to be actively involved in international volunteer activities, I feel so privileged if I can do something for those who work hard to make the world a better place to live in. I am so inspired that I will do whatever I can to pursue my dream: “Think globally, act locally!”

☆同音異義語

西南戦争時、西郷隆盛側は、政府軍が”視察”に行くという連絡を”刺殺に行く”と取り違え、戦争に突入してしまったという説があるほど、同音異義語は、要注意。 通訳でも、何度失敗したことでしょうか…. ”我が社は、しょっき製造で培われた技術を駆使し…”のしょっきを、”食器”と思って訳しながら、何だか変だなーと思って たら”織機”(weaving machine) だったり… 英語でも、日本語でも、この手の失敗談をまとめてみたくなります^^; と、思いながら、リサーチをしていたら、面白い記事を発見しました(笑)
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☆誤訳について

テニスの全米オープン女子シングルスで快挙を成し遂げた大坂なおみさんが優勝インタビューで語った“I am sorry”という言葉の誤訳についてとても興味深い記事を見つけました…

“さらに、授賞式での大坂さんについて、「ブーイングの中で始まった優勝インタビューでは『勝ってごめんなさい』とひと言」という文もあるが、これは明らかな誤訳で、彼女は「勝ってごめんなさい」などとは言っていない。

I’m sorry it had to end like this.は「このような終わり方になったことは残念です」であって、謝罪ではない。(sorryという単語が出てくると謝罪だと思うのは間違い。たとえば親しい人を亡くした人に、I’m so sorryというのは普通のことで、悲しみやシンパシーや遺憾の意を表現するのにもsorryは使われる。)テニスの試合の報道でもこのようなことがあるのだから、国際情勢についての報道でどれだけこうしたことがあるのかと思うと、恐ろしい気持ちになる。”

http://lite.blogos.com/article/323928/?axis=&p=2

☆The Tale of Heike

台風、地震、津波、洪水、地滑り、雪崩、火山活動……日本は、本当に自然災害が多い国です。 物質的なものが永遠ではない事を自然の驚異から教えられてきたように思います。”わび”、”さび”、などの言葉も、自然災害が起因していたのかもしれないと思ってしまいます。 ふと、平家物語の”祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、 盛者必衰の理をあらはす。奢れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風 の前の塵に同じ。”の英訳が気になり調べてみました。比べてみると楽しいです。(私は、3番目の翻訳が好きです…) 原文の日本語の響きが大好きです。

Typhoons, earthquakes, floods, landslides, volcanic eruptions, tsunamis…. Japan is truly a disaster-stricken country. We learned from nature that materialistic matters are not permanent and they eventually fade in this transient world. Probably, words like “wabi” and “sabi” (quiet simplicity and subdued refinement depicted in Japanese art) came from this kind of thinking. This reminds me of a famous part of the opening chapter of the Tale of Heike, which goes, “The sound of bells echoes through the monastery at Gion Shoja, telling all who hear it that nothing is permanent. The flowers of the sala trees show that all that flourishes must fade. Proud men, powerful men will fall, like dreams on a spring night, like dust before the wind.” (There are several translations and it is fun to compare them.) I think this notion constitutes an important element of the foundation of Japanese culture.
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☆KIX

関西空港の復旧、時間がかかりそうです。40年ほど前、神戸市が関西空港の候補地になり政府からも打診されていたのですが、当時の市長や一部の住民グループが環境保護の立場から猛烈に反対し…結局、国際空港は、大阪湾の埋立地に建設される事になりました。(市長は、その後、後悔していたそうです。) 当時、神戸に空港が建設される事をとても楽しみにしていた私には大ショックでした。神戸市を活性化するまたとないチャンスだったと思います。その後、関空の建設がはじまり、O-CAT(Osaka City Air Terminal)のビルのプロモーション会議で同時通訳をする機会が何度かありました。当時から、陸の孤島へのアクセスがベイシャトルなど神戸港からの海路以外は、”橋一本”しかない事が気になっていました。今回の問題(アクセス/地盤沈下/洪水)は、ある程度想定内であったように思います。その辺の事をネイティブ講師に力説してしまった私なのでした。このトピックになると、いつも熱くなります… 関空の復旧が遅れると、観光産業などに打撃があるのではないかと心配です。神戸空港をフルに使ってほしいです。

The recovery work of the Kansai International Airport damaged by Typhoon Jebi seems to be taking long due to the fact that the only bridge connecting the Airport and the mainland was seriously damaged by an oil tanker which crushed into it.  This could cause a serious economic impact on Kansai,  the second largest industrial district in Japan

In retrospect, before the construction of the KIX, the city of Kobe
was nominated by the national government as the most ideal site for an international airport about 40 years ago.  However,  the plan was not realized because of the strong opposition by the then Mayor of the city of Kobe and his supporters for environmental concerns and other political reasons. As a promoter of the construction of the international airport back then, I was deeply shocked when Osaka was chosen instead of Kobe; Had the airport been built in Kobe, it would have brought many businesses and employment opportunities to the area.  Later, the Mayor of the city deeply regretted his decision, but it was too late. Eventually, Kobe ended up building a small local airport designed exclusively for domestic flights.

To alleviate the current problems at KIX, I hope that Kobe Airport will be actively used and that this occasion will serve as a springboard for Kobe to have an international airport by strengthening the existing facilities.

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